第37回「情報」

私たちは、LINE、メール、電話、ラジオ、SNSなどを使うことで、情報を発信したり、受け取ったりすることができる。

これらは、自らの意思で行っていると言えるので、いわゆる、“意識的”な情報コミュニケーションと考える。

一方で、最近、私たちの回りには、“無意識的”な情報コミュニケーションがたくさんあることに気がついた。

私たちは日頃から、身の回りにあるモノからメッセージ(情報)を受け取り、知らず知らずのうちにそれに合わせた行動をしている。

私たちは、LINE、メール、電話、ラジオ、SNSなどを使うことで、情報を発信したり、受け取ったりすることができる。これらは、自らの意思で行っていると言えるので、いわゆる、“意識的”な情報コミュニケーションと考える。一方で、最近、私たちの回りには、“無意識的”な情報コミュニケーションがたくさんあることに気がついた。私たちは日頃から、身の回りにあるモノからメッセージ(情報)を受け取り、知らず知らずのうちにそれに合わせた行動をしている。

例えば、道端で見かけた掲示板。

ここには、様々なチラシが貼ってある。

間違いなくチラシは情報を伝えるためのものである。

だが、注目したのはチラシではなく、掲示板そのものである。

ポスターやチラシを掲示したい時、掲示板を見れば、おそらく誰もが、そこに掲示できるということを判断する。

即ち、掲示板から「ここに(ポスターやチラシを)掲示することができる」というメッセージ(情報)を無意識的に受け取っているのだ。

このように考えると、身の回りにある様々なモノから情報(メッセージ)を汲み取ることができる。

自動販売機やゴミ箱、道端のフェンスにかけられたマスク、駐車場の一角に並べられたプランター、道路の中央に置かれたビールケース、これら全てのモノからメッセージ(情報)を受け取ることができる。

もちろん、言葉や文字で直接伝えられているわけではないので、受け手によって解釈が異なると思う。

それはそれで、発見があって面白い。久しぶりにフィールドワークをしたくなった。